岸★正龍の「かなりクドイ経歴」
1981年18歳
東海地区随一の進学高、東海高校を卒業し上智大学経済学部入学。3年次に多摩美術大学芸術学部にも入学。二重学籍となる。大学時代は劇団に所属し主に演劇活動に勤しみ、4年次からは芸能界でアルバイトを始める。
1985年22歳
しかし芸能界は荷が重すぎると一年でギブアップ。当時お世話になっていたマネージャーさんの伝手で剛腕コピーライターの事務所に入社。初任給は7万円。事務所に泊り込んで仕事をするが、デザインの道に進むために2年で退社。
1987年24歳
就職したデザイン事務所がキチンとした会社組織だったため体調を崩し半年で退社。その直後デザイナー時代の育ての親、長井和子さんと出会い、親ひとり子ひとりの実に快適な会社に入れていただく。
1989年26歳
大学時代の仲間とデザイン事務所を興す。タレントショップの商品企画・デザインの仕事が入り始めた頃から事務所の経営も安定し、CDジャケットや劇団ポスターなどデザイナーとしてやりたい仕事をやりまくる。
1991年28歳
何事にも反動はつきもの。バブルが崩壊して、仕事が激減して、人間関係がもめて、そんなこんながいろいろあって帰名。デザイナーはすっぱりやめて、父が経営する宝石店に販売員で入社。宝石鑑定士の資格を得るためにアメリカに1年半の留学。
1992年29歳
宝石店の経営に希望を抱いて帰国し、父の仕切る店に入店。さまざまな方針で父とぶつかる。でも父はその道のプロだからグッと我慢して2年間頑張って、自分なりに自信がついたところで母の店に転任。が、今度はそこで母と対立。
アルコールの量が増える。
1996年33歳
偶然に偶然が重なって、夢だった自分の店舗「モンキーフリップ」をオープン。当時はメガネよりも雑貨がメインの店だった。それから現在までの8年間は、ジェットコースターさながらの激しい浮き沈みを繰り返すのだが、その展開は、拙著「超人気キラーブランドの始まりは、路地裏の小さなお店から・・・」に詳しい。
2001年38歳
小阪裕司先生主催のワクワク系マーケティング実践会入会。年に一度発表される「社長のアカデミー賞」において、2001年度はルーキー・オブ・ザ・イヤー、2002年度はグランプリを受賞。
(ちなみに2001年度はフォレスト出版主催のフォレスト大賞準グランプリも同時に受賞)
現在に至る。
愛称は「チェンロン」。DJ名は「猿頭★岸」。見た目は悪いが、
性根は真っすぐ(か?)。
ご機嫌なブランドと、クレイジーな仲間と、ヤンチャなスタイルを愛する
おバカな野郎である。